≪空飛び賢者とアンコウ総脱線事件(誤字にあらず)≫
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さて、それでは物語を語る前に1つだけ注釈を。
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この「空飛び賢者とアンコウ総脱線事件(誤字にあらず)」を主
に語るのはトゲヌキということになるのだが、トゲヌキはそのとき
にはまだ名前がなかった。
いい時代だ……本当に涙が……いや。
だから、その当時は“猫”という汎用性の高い名前を頂戴してい
たのだが、今回はそのへんの紛らわしい部分をはぶくために、トゲ
ヌキはトゲヌキと名乗ることにする。
さて、面倒なことはもう他にない。
断りを入れておくと言うのなら……。
そう、これはトゲヌキが意志というものを持ち、少女と旅をして
いることに気づいてから、そう遠くない時代の話だ。
<空飛び賢者とアンコウ総脱線事件(誤字にあらず)>
トゲヌキは少女と旅をしていた。
自分の記憶の紐をたどって、一番遠いところにかろうじて引っ掛
かっていたのは、少女が空を飛んでいたのを吊り下げた飛魚を焼く
香ばしい匂いだった。
気が付いて垂れていた涎をトゲヌキが前足で拭くと、きょとん、
と少女がその様子を眺めていた。
「にゃあ」
と鳴く。
少女が頭と喉をなでてくれた。
それが気持ちよくて、これはいいことなのだとトゲヌキは悟るこ
ととなる。
少女は言葉を話せないようなので、トゲヌキは色々と表情や態度、
雰囲気などから物事の善悪を学習していった。
で、それからと言うもの、トゲヌキは空をよく眺めていた。
飛魚を探していたからではない。
断じてない。
他に理由はなかったが、とにかく空を見ていた。
おかげで、どんな猫族よりもトゲヌキは空には詳しくなった。
空はいつも黒い緞帳。
星は無数に浮いていて、たまに箒や掃除機にのった魔女がやって
きては、星を縄で縛ってどこかへ連れて帰ったり、掃除機で吸い込
んだり、バットで叩いて流星にして遊んだりしていた。
さすがに月は大きすぎて相手にしないらしいが、ごくまれに無謀
にも月に向かっていく魔女もいる――が、帰ってきた姿を見たこと
はなかった。
おそらく、月に住むという兎なる怪獣に食べられてしまったのだ
ろう。
で、普段はその大きすぎる月が3つか4つくらい浮いている。
それでも夜目の効くトゲヌキには十分だったが、少女を含む人間
というやつには少し暗いらしい。
そんなわけで、大抵の場合トゲヌキのほうが少女より先行して歩
いていた。
たまに踏まれることもあった。
たまに少女を置いていってしまうこともあった。
そんなあるときだった。
空飛び賢者を見かけたのは。
その日は確か総数である15の月が浮かんでいて、この世界の青
い大地が果てしなく続いているのが見渡せた。
1日の道程を終え、少女は岩の上でぼろ布をそのまま毛布代わり
にして寝転がり、トゲヌキを抱いて一緒に大地を見つめていた。
おそろしく丸み、すりばち状となっている峡谷の底にいたので、
その曲面ゆえに不可思議に歪む山の影を見て楽しんでいるのか。た
だ大地の青さに悲しみを覚えていたのか。どこかに食べ物が落ちて
いないかと空腹を感じているのか。
「…………」
少女はもちろん、なんの感想も漏らさない。
トゲヌキは色々考えていたが、どれも少女の気分からは、はずれ
ている気がした。
トントン、とトゲヌキの頭を叩いた。
寝ようか? という合図である。
断りはいらないのだが、どうにも少女はトゲヌキが寝るのを見届
けないと寝付けないらしい。
で、トゲヌキは今日の見納めにと空を見上げたのだ。
いつもの空に、いつもとは違うモノが飛んでいた。
それは点々と続く薪のような木の切れ端で、それを1本1本拾っ
ているシルエットだった。
トゲヌキの視線に気づいたのか少女も空を見上げる。
「ほぅ……天使の着物じゃないか」
いびつなシルエットが、こちらに気づいて呟いた。
私は空飛び賢者である――と自己紹介された。
少女は眠そうな目をこすりながら、なにをしているの? と首を
かしげる高度な感情表現をしてみせた。
しかしお年寄りも賢者というだけあって、すぐに納得する。
「アンコウたちのためにな、こう、人生のレールを敷いておいたの
だがな――」
そこで言葉を止め、空飛び賢者は木を拾う。
「…………」
「…………」
トゲヌキと少女の視線が空飛び賢者を見上げる。
と、彼もこちらの注目に気づく。
「ああ……そう、人生のレールを敷いたのに、やつらと来たら皆し
て総脱線しちまったんだよ。だから枕木を片付けているわけだな」
空飛び賢者は「やれやれ」と溜息をついた。
溜息1つとっても知的な感じだ。
だいたい知的な者は、お年寄りで疲れているのだ。
唐突に少女がポンポン、とトゲヌキの頭を叩いた。
寝ようか? という合図である。
疑問も解決したし、そうしようかとトゲヌキも目を閉じた。
「こらこら」
ひょいっ、と空飛び賢者が寄ってくる。
少女が起き上がるので、トゲヌキも仕方なく自分の足で立つ。
「アンコウが総脱線してしまったのだぞ?」
「…………?」
もちろん少女に答える口はない。
少女は2秒ほど考えて、空中に字を書きだした。
「ふむ。そうか、声が出ないのか。それは失礼したな。しかし、そ
の話と寝てしまうのは別の問題だぞ」
「…………」
ごめんなさい、と少女が頭を下げる。
トゲヌキも真似てみた。
空飛び賢者も頭を下げていた。
その後、1匹と2人は、なんとはなく眠れない感じだったので、
岩の上に腰掛けて空を見上げている。
その夜に起こった出来事はそれだけで。
いつの間にかトゲヌキは寝てしまい、朝という暗闇の時間に目覚
めると空飛び賢者はすでにいなくなっていた。
今になって思い起こせば、空飛び賢者はアンコウが脱線していた
とぼやきつつ、喜んでいたような気がしないでもない。
気がしただけだ。
本当にそうなのかトゲヌキには分からず、少女はなにも語らず、
空飛び賢者とはそのあと2度と再会することはなかったから、確か
めることは出来ない。
予断だが、その日の朝ごはんに鍋が出た。
眠そうにうつらうつらしながら少女が煮込んだ鍋には飛魚がはいっ
ていて、それがアンコウという名前だと知ったのは、これよりもま
た先のことだった。
とりあえず。
トゲヌキの好物の中にアンコウがくわえられた。
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後書き
気がつけばHDの底で半年ほど眠っていた。
書いたときになにを考えていたのかと半年後の今になって
思うが、おそらくなにも考えてなかったのだと思う。
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