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 嫌な予感、という時にはもうその予感を感じるだけの要素が揃って
いるのだから、嫌な予感というよりは嫌な確信、というのが生まれて
いるんだとオレは思う。それを予感、とするのはきっと、そうでなけ
ればいいという微かな希望に縋る行為なわけで――
「明日は兄さんの誕生日ですよね♪」
 そう妙に機嫌よく言う音夢にオレは紛うことなき嫌な予感を感じた。
「誕生日プレゼントは形に残るモノがいいと思うんだが、どうだ、音
夢?」
「……明らかに何かを想定してそれを避けようとしているように感じ
られるんですけど」
「違うのか? そうなんだろ、そうと言ってくれっ!」
「いいえ♪」
 思わず押し倒しても文句は言えない最高の笑顔で、予感が限りなく
確信へと近づいていく。
 午後11時過ぎ。ゴールデンタイム以降のドラマ攻勢を乗り切り、今
オレと音夢はお笑い芸人のバラエティ番組を垂れ流すテレビを横目に
向き合っている。
「そうか、あれだな、スクール水着を着てオレを喜ばせてくれるんだ
な」
「どうしてまたそんな局地的な……って、どこか聞いたことがあるネ
タなような?」
「じゃあ、メイド――」
「それ、本当に兄さんの趣味なら思いっきり軽蔑しますけど?」
 そう言葉を吐きながら音夢の笑顔は崩れない。笑顔の裏で怒りが渦
巻いているという雰囲気もない――本当に機嫌がいい証拠だ。
 そして、その機嫌の良さこそが認めたくない最悪の結論を確信させ
る。
「こればかりは人命に関わるから、かったるいが言うぞ」
「……最悪の前置きですね……」
 流石に不機嫌を丸出しにして睨めつけてくるが、言わないわけには
いなかない。
「音夢……手料理だけはやめろ」

 その夜。
 朝倉家は心象風景上、最大瞬間風速50m/sを越える台風の暴風圏の
ような嵐に見舞われた。
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◆ Happy Birthday ◆

written by : konata kamiyama

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 そう、初めて音夢の料理を食べたのもオレの誕生日だった。
 夕食の少し前、二階の自室でゲームをしていたオレの耳に、階段を
駆け上がる音とそれに混じった鈴の音が届く。
 すぐに勢いよく開けられるドア、駆け込んでくる音夢。
「お兄ちゃん、早く下に下りて来てっ」
 その音夢のあまりの機嫌の良さとまぶしいばかりの笑顔とに素直に
も「かったるい」を連呼しながら引きずられてキッチンまで行く。
「お兄ちゃん、わたし、お兄ちゃんのために料理したんだよ」
「…………」
 ――オレの網膜にはあの日の異型達が未だに焼きついている。
 そして何を思ったが、音夢はそれ以来毎年オレの誕生日には自分の
手料理を振舞う習慣をつけてしまった。
 多くの人の目からすれば甲斐甲斐しく――オレの目からすれば懲り
ずに。

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 朝倉純一が目覚まし時計に助けられることもなくそんな夢にうなさ
れている頃。
「…………」
「…………」
 無言が二人、音夢と美春との間に流れていた。
 といっても静寂があたりを支配しているわけではない。二人の立つ
その場所は喧騒に満ち溢れている――その分、二人の間の沈黙の比重
は大きい。
 校門前、風紀委員の腕章をつけた二人はピークを迎えた人の流れを
見遣っている。
 ――付き合いの長い美春にだからこそ分かる、音夢の不機嫌さ。
 それがいつもの楽しい会話(と美春は思っているが半分は音夢に遊
ばれている)を拒絶している。
 空を見上げたり、地面をにらめ付けたり、うにゃあと泣きそうになっ
たり――をせわしなく行った後、
「あの……音夢先輩」
 意を決して美春は音夢に話しかけるが、
「はい、そこの君」
「はい?」
「袖のボタンが一個足りないわよ」
「あ、え……す、すいません」
「服装の乱れは風紀の乱れ、気をつけてくださいね」
「は、はい……」
 タイミングよく音夢は注意に向かってしまう。
 怯えた、というよりは面食らった様子で音夢に声を掛けられた学生
は人込みにまぎれていく。
 それはそうだろう。いつもは多数の男子を魅了する笑顔を振りまい
て学生を見送る音夢が、今日はそんな些細なことを注意しているのだ
から。
「で、なに、美春?」
「な……なんでもないですぅ」
「そう」
 そしてまた人込みへと視線を戻した音夢の姿を見届けてから、美春
は小さくした体を脱力させてため息をつく。
 実は、口に出しては言えないが絶対に口に出しては言えないが――
前々からずぅっと前から美春は音夢のことを色々な意味で恐ろしい人
だと思っていた。
 だけれど、今日のような状況の時はまた格段に恐ろしい。それはも
う近づくのは恐れ多いくらいには恐ろしい。
 こういう時でも音夢は学園での自分の仮面を外さない。今のように
少し違う様子も見せるが、笑顔だけは絶対に外さない。そしてその分、
仮面の下を知っている者達への当たりは増大する――自分で鬱憤を貯
めておいてそれを気が知れた人間だけに吐き出すという、一部の人間
には迷惑この上ないシステムをしっかりと自分の中に構築しているの
だ。
 勿論、現状で吐き出されるとしたら――その矛先は美春である。
「……うぅ、わたしってばなんて薄幸な少女……」
 まぁ、美春が感情を口に出して言う場合は半分は冗談なのだが。
「あ」
 通学路の向こうに見知った姿を見つけて、美春が声を上げる。
 音夢はどうやら気付いていないようで――美春は静かに、段々と大
きくなってくるその姿を見遣っている。
 風が吹く。
 高い空に、無数の葉を湛えた桜並木から一枚の葉が舞い上がった。

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「くそっ」
 晴天の空は現状の自分としては憎らしい以外の何物でもない。
 雲一つない綺麗な青空に始業のチャイムが響き渡る。
 遅れること数秒、校門まで辿りついたところを、
「はい、先輩。すとーっぷですっ!」
 風紀委員の腕章をつけた美春に行く手を遮られる。
「うぅっ……音夢せんぱいの手を煩わせること十余年、それでも音夢
せんぱいの甲斐甲斐しさによって遅刻を免れていた先輩もついに遅刻
ですかぁ……」
 こういう時に本当に涙を流すからこいつは恐ろしい。
「その音夢の努力を無駄にしたくないなら通せ」
「駄目ですよ〜 それとこれとは別の話ですっ」
「そうですよ、兄さん」
 張りのある聞き慣れた声は背後から――振り返れば、見慣れた妹の
姿。
「遅刻は遅刻、しっかりとお叱りを受けてくださいまし」
 ――その遅刻の原因は今日起こしに来なかったどころかご丁寧に目
覚まし時計を持ち去ってくれた目の前の音夢にあると思うんだが。
 お陰で数年間に渡って行われてきた手料理地獄の記憶を制覇してし
まったんぞ。
「さて、兄さん。生活指導の先生のところへ行きましょうか」
 音夢の声は表面こそ平静を装っているが、明らかに不機嫌の時のも
のだ。
「……お前、まだ怒ってんか?」
「なんのことでしょう?」
 ――いや、威圧感を増しながら誤魔化されても。
 結局、昨日は散々やりあった後に二人共々それぞれに部屋に引きこ
もることでその場は決着したのだが――
 くいくい、と袖を引っ張られる感触。
 振り向くとほぼ同時に、美春が耳元に口を寄せてくる。
「音夢先輩、今日はずっとあの調子なんですよぉ、今日はチェックも
かなり厳しくてみんな怯えてたしぃ、何したんですかせんぱい……被
害は自分だけに留めてくださいよぉ……」
 怯えてたのはみんなじゃなくてたぶん美春一人だろう。最後の一言
が本当に言いたかったことだな、絶対。
「美春、内緒話はよくないと思うな〜♪」
「は、はいぃっ」
 正に怯えた子犬といった風体で美春は身を縮ませる。
「……かったる」
「あ、兄さん、待ちなさいっ!」
 音夢の呼び止める声を聞きながら、玄関に向かう。
「ちょっと、兄さんっ! 逃がしませんよっ」
 さて。
 どうご機嫌取りをするかな。

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 午前中の授業の終了を告げるチャイムが教室内に響く。
「こらこら、わたしの授業はまだ終わってないぞ」
 早々に筆記用具等をしまい始めるオレ達に、暦先生はなんの慈悲も
なく注意を促す。
「……まぁ、言っても無駄だろうし終わりにするけど」
 流石はオレ達の担任。
 にやりと笑って、書き上げたばかりで説明もしていない剛体の棒を
振り子運動させた場合の慣性モーメントやらなんやらの式をかき消す。
「今消したところテストに出るから頑張れな〜」
 非難轟々の中、笑みを崩さぬままどこか颯爽と暦先生は教室を出て
行く――流石はオレ達の担任。
「……さて」
 小さくため息のように言って席を立ち、音夢の席へと向かう。
 まだ音夢は道具を仕舞っているところだった。音夢のことだから、
先程の数式もしっかりとノートに書き込んでいるだろう。
 流石頼りになる、後でノートを写させてもらおう――そのためにも。
「音夢」
「なんでしょう、兄さん」
 振り向きもしない。ただ朝以上の拒絶の圧力がある。
 だが、この圧力に気圧されるようなオレでもない――慣れとは怖い
ものだ。
「たまには一緒に昼飯でもどうかと思ってな」
「…………」
 道具を仕舞い終えたのか。無言のままで席を立つ音夢。
「おい、音夢」
 振り返る。
 初めて人前で見た、音夢の怒りの表情がそこにある。
「わたし……自分で作ってきたお弁当がありますから」
 それでもなんとか声は押さえて言うと、音夢はすたすたと廊下へ歩
き去ってしまった。
 ――いや、弁当袋を持たずに財布持って学食の方向に去られても。
 その姿を追うことも出来ず、ただ呆然としてしまう。
「……かったるい」
「見事なふられっぷりだな、朝倉」
 にゅ、と視界の下からお馴染みの男顔が生えてくる。
「いきなり登場するなお前は」
「ぅおっ」
 額を押されてバランスを崩すも持ち直し、しっかりと立ってから、
「今日、朝倉妹はどうしたのだ?」
 何事もなかったかのように話しかけてくる。
「何がだ?」
「午前中、随分と機嫌が悪かったように見えたのだが」
 正直意外だったが――流石は付き合いの長い杉並、といったところ
だろうか。裏モードの裏、つまりは表の隠された感情を察知するのは
オレか美春くらいにしか出来ないと思っていた。
「気のせいだろ」
「そうか。ならいいが」
 意外にあっさりと引き下がる。
 食事の調達(各クラスを弁当のおこぼれを貰って歩く)時間を惜し
んでだろうか。
 振り替えって教室を見てみれば、既にグループごとに食事は始まっ
ている。
 学食には音夢がいるだろうから行きづらいし――購買か。
 ため息は無意識に漏れていた。

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「ん?」
 誰にも聞こえない程度の声で兄への呪詛を吐き続けながら中庭に面
した廊下を歩いていた音夢は、その視界の端にそこにあるはずのない
モノを捉えた気がして足を止めた。
「……まさかね」
 疲れてるんだなぁ、あんまり眠れなかったからな、ちょっと気持ち
悪いし熱っぽいし、これも兄さんの所為だね、今だって――などと呪
詛を再開して歩き出そうとした音夢だったが、誰かに呼ばれた気がし
てまた振り返る。
 中庭から駆け寄ってくる一つの姿が視界に入る。
 その姿は段々と近づいてきて――
「音夢ちゃ〜んっ」
「なっ――」
 いきなり腰の辺りに抱きついてきたありえないはずの姿に、音夢は
絶句する。
 青い瞳に金髪のツインテール。あの時とほとんど同じ子供っぽい赤
い服を着た――
「さ、さくら……どうしてっ!?」
「あははははは♪ 久しぶり、音夢ちゃんっ」
 相変わらず小さな――けれど少しだけ成長したさくらが、音夢の腰
に抱きついて相変わらずの無邪気な笑顔を見せた。

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「おい、朝倉。朝倉妹は午後の授業どうしたのだ?」
「…………」
 午後の二時限丸々空席だった音夢の席を眺めて、ため息をつく。
 もう6時限目も終わり、本日の授業は全て終了。あとは帰るだけだ。
「かったるい……」
「何か知ってるのか?」
「知らん」
「……やはり今日の午前、朝倉妹の様子がオカシかった気がするのだ
が」
「気のせいだな」
「そうか」
 とまたもやけにあっさりと杉並は自分の席へ戻っていく。
 暦先生が教室に入ってくるのはそれとほぼ同時。特に連絡事項もな
く、すぐに放下となる。
「さて……」
 かったるいことこの上ないが――念のために学校の中を一通り見て
回ってから帰ろう。
「……朝倉先輩」
 教室を出ると同時に小さな声がオレを呼び止める。
「美春か。どうした?」
「……ちょっとお話、いいですか?」

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 この桜並木は桜が咲いていないだけで別世界のように思える。
 ああやって桜が咲き続けている状態こそが異常で、今のこの姿こそ
が桜達にとっての正常なんだろうが――未だに、桜とは咲き続けてい
るモノだというイメージが消えない。
 あの、春の日々――音夢とオレが結ばれて、苦しんだ日々から、も
うそれなりの時間が流れた。
「音夢先輩と、何があったんです?」
「毎度お馴染みのかったるい痴話喧嘩ってヤツだ」
「うわ〜、痴話喧嘩なんですね〜♪」
「……言葉の綾だ、揚げ足を取るな」
「痛い痛いぃっっ!!」
 頭をぐりぐりとやりながら言う。
「もうっ……相変わらず素直じゃないですね〜 かったるい、ですか?」
「うるさい」
「うわぁ、もうぐりぐりはイヤですよぉ〜!」
 じゃれ合いながら、桜並木を抜けて一般道を進む。
 ――美春との二人きりは疑いもなく珍しいが、こういう風にじゃれ
合うのも久々なような気がする。
「なぁ、美春」
「はい?」
「午後音夢がどこにいたか知ってるか?」
 小さな沈黙を挟んで――ほんの少しだけ寂しい表情をして、
「たぶん、先輩の誕生日プレゼントでも作ってるんじゃないですか?」
 ――その笑みで告げられた言葉に一瞬にして嫌な汗が背中に噴出す。
「冗談はよせ」
「冗談の方がいいんですか?」
「……お前はあの音夢の料理の威力をしっているのに尚オレに食べろ
というのか?」
「愛情の形ですからね〜 心頭滅却すれば音夢先輩の料理もまた美味
しぃっ!!」
「……かったるい」
「せめて軽くツッコミくらい入れてくれてもいいじゃないですかぁ〜。
 ほらほら、語呂が悪いとかぁ〜」
「かったるいって言ってるだろうが……こんなことで涙を流すな……」
 美春に向けていた視線を前に戻して――ふと気付く。
「美春、どうしてお前こっちに来てるんだ? お前の家こっちじゃな
いだろ?」
「どうして、って決まってるじゃないですか。先輩のお誕生日祝いと〜――」

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「音夢先輩のお見舞いです」

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 言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
 小さく風が吹いて、葉が散っていく。
「……は?」
「だから、先輩のお誕生日祝いをしに行くのと、音夢せんぱいのお見
舞――」
「ちょっと待てよっ! お見舞いって……」
「あれ、聞いてないんですか? 音夢せんぱい、今日体調悪いから早
退するって言って昼休みに帰ったんですよ?」
 かっ、と体が熱くなるのを感じる。
 怒りにではなく、焦りに。
 周りの桜を覆う色は緑。見紛うことはない。あの時から、もうかな
りの時間が流れている、その証拠。なのに――
 あの桜が枯れて――全部終わったんじゃなかったのか?
「――かったる」
「あっ、先輩っ!」
 美春の呼び止める声を無視して全力で駆け出す。
 すぐに息が上がるし、足が悲鳴も上げるが、それも無視する。
 駆け出した場所から家までは1km弱。その道のりがこれほどまでに
長いと感じたことはなかった。
「はぁ、はぁ……」
 辿りついた自宅前で一旦足を止めて呼吸を整える。
 そして勢いよくドアを開いて――
「音――」
「お帰りぃっ! お兄ちゃんっ!!」
「――夢、うぁっ!」
 腹部にしっかりと食い込むタックルに歓迎され、決して強い衝撃で
はなかっのに情けなくも1kmの短い距離の疾走で完全燃焼していたオ
レの体は受け止めることが出来ずに、小さな歓迎者もろもろも後ろに
倒れこむ。
「う、うにゃあ……しっかりと支えてよ〜 お兄ちゃん」
「はぁ……はぁ……」
「うん? ……あ、成長したさくらちゃんを見て欲情しちゃった?」
「違うわっ!」
 らしくもなく全力でツッコんでしまう。
 状況が理解出来ない。
 なんだ? もう体は大丈夫なはずの音夢が倒れたと思ったらアメリ
カにいるはずのさくらがオレの家にいて――
「……まて、どういうことだ、なんでさくらがここにいる? 音夢は?
 音夢はどうした?」
「えっと、その前に、っと」
 がちゃり、と音がして――手首の周りにひんやりとした感触。
「…………」
 見れば、両手首をしっかりと繋いだ手錠が鈍い光を放っている。
「SWATも使用する特製の手錠だよ〜」
「……ますます状況が理解出来ないんだが」
「はぁ、はぁ……せんぱぁい、置いてっちゃうなんて酷いですよぉ〜」
 背後から涙声――振り返るまでもなく美春だ。
「美春ちゃん、ロープ」
「あ、は〜い」
 笑顔のさくらに命じられるままに美春はバッグからロープを取り出
し、さくらに渡す。そしてさくらはそのロープでオレを縛り上げてい
く――
「ってちょっと待てぇっ!!」
「はいはい、もう暴れてもいいよ〜 解けないから」
「なっ――」
 確かに、体のどこに力を入れようと解ける気配がしない。
「うんうん、研究の成果があったね〜」
「うあ〜 先輩、本当に動けないんですか〜」
「…………」
 無邪気な笑顔で簀巻きになったオレを見つめるさくらと、同じく笑
顔で興味深そうにオレを突付く美春とを目の前にしてしばし呆然とす
る。
 何一つ現状から理解出来ることがない――何故、オレがこんな仕打
ちを受けている?
「それじゃあ、ゆっくりとお話が出来る状況になったのでお話しましょ
う〜」
 きゅ、と最後にロープを一つ結んで、さくらは立ち上がる。そうし
て初めて、この前あった春の日より少しだけ成長していることが分かっ
た。
「まず、美春ちゃんから何を聞いたか知らないけど音夢ちゃんは別に
なんでもないよ」
「なんでもないって――じゃあ、なんで早退なんて? 前みたいに体
調を崩して早退したんだろ? それに美春はお見舞いをしにいくって――」
「わたし、体調を崩して早退したなんて言ってませんよ。体調を崩し
たって“言って”早退したって言ったんです」
「…………」
「それに、お見舞いって病院の時だけにすることじゃないですよね?
 陣中見舞いって言葉もあるじゃないですか」
 いつも通りの思わず虐めたくなる笑顔で言われると予めそういう風
に勘違いをすることを見越して言ったとしか思えなくなってくる。
「それじゃあ……音夢は体調も悪くないのに早退したっていうのか?
 あの音夢が」
「うんっ」
「いや〜、愛の力って偉大ですね〜♪」
 ――とてつもなく嫌な予感が。
 美春はなんと言った?
 陣中見舞い――どういった時にするものだ?
 愛の力――何を指して言っている?
「あ、分かってると思うけど音夢ちゃん今お兄ちゃんに食べさせるた
めに料理がんばてるんだよ〜」
 思考の暇すら与えられずにさくらの口から地獄の言葉が紡がれる。
「待て、焦るな、どこをどう巡ってそうなるっ!?」
「うんとねぇ、実はわたし、お兄ちゃんの誕生日を祝ってあげたいな、
って昨日から隣に帰って来てたんだけど、お兄ちゃんに何をあげたら
いいか分からなくて顔出せなかったんだよね」
「そこでっ、さくらちゃんは昨夜のせんぱいと音夢せんぱいの痴情の
縺れによる嵐を聞いてしまったのですっ!」
 痴情の縺れってなんだよ、おい。
「そこで一計。お兄ちゃんへのわたしからの誕生日プレゼントは、音
夢ちゃんの料理をお兄ちゃんに食べてもらうことにしたのでした。ま
る」
「……じゃねぇだろう、おいっ!」
「それで音夢さんとの仲が戻るんだったら万々歳じゃないですか〜」
 その前にオレが死ぬ――
「美春さんには今日の朝、校門のところで会ってお話して手伝っても
らったんだよ〜」
「はいっ 朝、風紀委員の仕事で校門前に立ってたら“さくらちゃん
の姿が見えた”んで驚きましたよ〜 向こうでさくらちゃんが死ん
じゃってわたし達に会いに来たのかと思っちゃいました〜」
「……そんな風に思ってたんだ」
 なるほど。
 縛ったのはこういう話をした後に逃げ出されないためか。さくらで
なく美春がロープを持っていたのも普通に連れて来れなかった場合の
強制連行用か。あまりの用意周到さに思わず泣きたくなって来るぞ、
さくら。
「でもお兄ちゃん、音夢ちゃんに随分酷いこと言ったんだね。最後ま
で音夢ちゃん料理作るのしぶってたよ。どうせお兄ちゃんは食べてく
れないからって」
「いや、今も食う気はないんだが」
「流石にそれ言ったら絶交だと思いますよ? あの音夢せんぱいが嘘
ついて早退してまで料理したんですからね〜」
「……それは脅しだな、美春。あとで覚えておけよ」
「あ、あははははは……お手柔らかにお願いしますにゃぁ……」
「ともかくっ!」
 さくらが一際大きな声を出して一旦場を仕切る。
「あと少しで音夢ちゃん料理終わるから、楽しみにしててね、お兄ちゃ
ん♪」
 ――今日だけはさくらの笑顔が小悪魔のモノに思えた。

_

「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ、ロープ解いてくれるのか?」
「いや、それは無理だけど」
 ロープの端をさくらに引かれながら、束縛されほとんど動かない足
で転ばないように廊下を進む。
「可能と不可能の違い、ってなんだと思う?」
「可能と不可能? ……出来るか出来ないかの違いだろ?」
「ううん」
 笑顔のまま首を振って否定する。
「出来ると思うか、出来ないと思うかが可能と不可能の違いだよ」
「そうか? 出来ないモノは出来ないと思うが」
「ううん。出来ないモノなんてないよ。みんな諦めちゃうだけ、出来
ないと思っちゃうだけなの」
「分からん」
「う〜んとねぇ……たとえば、とっても数学が苦手な人がいたとする
ね。数学どころか小学生の算数、小学校の分数の計算辺りからてんで
駄目。もう嫌だ、数学なんて、とか思う人」
「ああ」
 典型的だが、いないことはないだろう。
「こんな人でも、人生のほぼ全ての時間を数学に費やせばフェルマー
の最終定理だって証明出来ちゃうかもしれない」
「フェルマーのなんたらがなんだかは分からないが、それは無理だろ」
 そういうのを聞いて、さくらはにっこりと――少しだけ大人びた笑
みで微笑む。
「時間を費やすことが、でしょ。ほら、そうやって時間を費やすこと
なくまず最初に諦めちゃってる――それが『不可能』になる瞬間」
 さくらが立ち止まるのに合わせて、自分も歩み――というより動き
を止める。
「ほとんどの人が全てを費やすなんて出来ないけどね、それが諦めな
い、ってことなんだよ。そしてね――」
 さくらはオレを縛るロープに触れて、その一端を引く。
「こんな話を音夢ちゃんを説得する時にしたから、音夢ちゃんはもの
凄くがんばっちゃってるんだよね」

_

「わたしにも、出来るのかな?」
「うんっ、もちろん」
「本当に、本当にっ……出来るのかな?」
 どこまでも不安げな音夢――こと純一に対してのことになると積極
的にも臆病にも彼女はなる。
 そんな彼女の背中を、小さな少女はその容姿に似合った無邪気さで
いとも簡単に押す。
「大丈夫だよっ、その気さえあればね♪」

_

「やれば出来ちゃうかも、ってわたしが言ったから、出来るんだ、っ
て信じて頑張ってる」
 どういう風に縛られていたのか――いとも簡単にオレを束縛してい
たロープは緩み、床に落ちる。遅れて、かちゃりという音がして手錠
も外される。
「よく考えるとさ……ロープでお兄ちゃんを縛る必要なかったんだね」
「――どうして?」
「お兄ちゃんは、音夢ちゃんに料理を作らせまいとしていた。別に作っ
ても捨てたりとか食べないで逃げたりとかすればいいのに」
「…………」
「一番初めから、音夢ちゃんが料理を作れば自分が食べないわけにい
かない、ってお兄ちゃん思ってたんだよね」
 元の通り子供っぽい、悪戯っぽい笑みを浮かべてさくらは言う。
「音夢ちゃんの気持ち、しっかりと分かってたんだよね?」
 こいつは――自分でも気付いていなかった気持ちをずけずけと言い
当てやがって。
「……かったるい」
「あはははははははっ♪」
 本当に嬉しそうに、少しだけ寂しそうにさくらは笑う。
「きっと、そうやってず〜っと音夢ちゃんを大切にしていくんだよね」
 こんなことに答えられるほどオレは出来上がっちゃいない。
「かったるい」
「うんうん、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだねっ」
 かったるい、とまた言いそうになったのを辛うじて堪える。
 またさくらは笑う。
「一つだけ安心させてあげるね、お兄ちゃん」

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「頑張った子にはね、魔法使いが素敵な奇跡を起こしてくれるんだよ」

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「あ……兄さん」
「よお」
 キッチンに入って声を掛けると、特に何も言わずにテーブルにつく。
「…………」
 じっと、こちらを見てくる音夢。明らかな困惑が見て取れる――っ
てそりゃ当然か。
「どうした?」
「いや、あの、その……なに、してるの?」
「待ってるんだが」
「……何を?」
 半分以上は分かってるだろうに――それでも不安そうに尋ねてくる。
「キッチンに来て机についてシロネコヤマトの宅急便が全自動皿洗い
機を届けてくれるのを待つとでも言うと思うか?」
「あ……」
 音夢の表情は驚きから――すぐに笑顔へと変わる。
「ちょっと待っててねっ! すぐ出来るからっ!」
「慌てなくていいからな」
「はい……って、うわぁっ!! と、っと」
 転びかけて辛うじて堪える。
「音夢……」
「大丈夫、大丈夫だから少しだけ待っててねっ」
 言って、火にかけてあった鍋を止め、既に出来上がっていたのであ
ろう、幾つかの鍋やフライパンから料理を盛り付け始める。
 我ながら酷い言い分だとは思うが――相変わらずさっと遠目に覗い
た感じだけでも正直逃げ出したくなる料理だった。が、今日は気を強
く持って耐えるしかない。
 心頭滅却すれば音夢の料理もまた美味し、だ。
「お待たせっ!」
 料理はどうやら、四品のようだ――どれも直視するに耐えない出来
栄えだ。
「あの、見た目は相変わらず悪いけど……味は、味は大丈夫なはずだ
からっ!」
 珍しくも本気の懇願――潤ませた瞳を上目遣いにして、不安そうな
表情をしている――自覚なしなのだとは思うが、絶対にオレを逃がさ
ない表情だ。
「いただきます」
「め、めしあがれ」
 なんだか音夢は酷く緊張しているようだが、それはこちらも同じこ
と――ひたすらに心頭滅却すれば音夢の料理もまた美味しを繰り返し、
まずは一番奥にあった煮物らしきものを一口目として運ぶ。
 ――見た目には分からなかったが、口に入れたのはジャガイモのよ
うだ。なんとなく噛んだ感触で分かる。じわっと煮汁が出て味が口に
広がり――
 心頭滅却すれば音夢の料理もまた美味し、心頭滅却すれば音夢の料
理もまた美味し、心頭滅却すれば(以下同文)、心頭滅――
「……ん?」
 一回、二回、と咀嚼する。
 口の中に広がっていく味。
「……不味くない」
「え……」
 たぶん、肉じゃがだ――誕生日に出す料理かどうかは分からないが、
とにかくそれはしっかりと肉じゃがのジャガイモの味を出している。
「え、えぇっ! ホント? 嘘じゃないよね? あ、もしかして兄さ
ん味覚おかしくなった? それとも――実はまったくの別人っ!?」
「……そこまで言うかお前は」
 もう一口運ぶ。
 確かに肉じゃがだ。
 特別に美味い、ということはないけれど――不味くはない。きちっ
と料理として食べられる。
「美味いよ」
「あ……」
 一瞬にして音夢の瞳の端に涙が盛り上がって頬を伝う。
「お、おいっ」
「だ、だって……だってぇ……兄さん、いつもわたしの料理馬鹿にし
て、それじゃあいい嫁になれないだとか、色々……いろいろ……なの
に美味しいなんていうからぁ……」
 あっという間に、音夢は本気で泣き出してしまう。
「……ああぁっ、かったるいなぁ」
 などと我ながら言い訳のようにいいながら、そっと音夢を腕の中に
抱く。
「うっ……うえぇぇぇぇ……」
 なんの考えもなく、音夢も軽く流すだろうと思って言っていたのに
――こんなに思いつめていたなんて知らなかった。
 でも、よく考えれば分かったことなのかもしれない。
 ――音夢はことあるごとに自分で料理を作ると主張していたのだか
ら。
 ずっと気にしていて、こうやって汚名を挽回するチャンスをうかがっ
ていたんだろう。
「ほら、音夢……いつまでもそうしていられたら飯が食えねぇぞ」
「ぅん……うん……」
 何度か頷いて――胸元に手を残したまま、名残惜しそうに離れる。
 そして、一転――満面の笑み。
「実はね、他のも自信あったりするんだ〜」
「そうか。じゃあ、食べさせてもらう」
「うん、食べさせてあげる」
「――ってちょっと待て、なんでお前がオレの箸を持つ?」
「ほらほら〜 恥ずかしがらないで、兄さん♪」
「待てっ、落ち着けってっ」

_

 繰り広げられ始めた幸せな光景を、隣室でさくらと美春の二人は見
遣っていた。
「あ〜あ〜……完全にわたし達忘れられてますね〜」
「まぁ、最初からこうなるとは思ってたし」
 諦めたように言う二人だが、笑みは崩れない。
「でも、幸せは長く続かないんですよね〜」
「……わたし、まだまともに魔法初めて日が浅いから……実は一品が
限界だったんだよね〜 頑張ってお兄ちゃんが最初にその下に手を出
すようにはしたけどさ」
「頑張った子に贈られる魔法使いの奇跡も万能じゃない、ってわけで
すね〜」
「……魔法って言葉を聞いてあっさりと納得してる美春ちゃんがなん
だか怖い気がする……」
「ロボットだってあるご時世なんだから魔法だってあるんじゃないで
すか〜?」
「っっっっっっっっ!!!!!???」
 隣室から言葉にならない悲鳴が届いてくる。
「ちょっ、兄さんっ!? どうしたの?」
 二人は顔を見合わせて小さく息をついたが――やっぱり、笑顔は崩
れない。
「とりあえずは、まぁ」
「先輩も音夢先輩もお幸せになったところで」

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『Happy Birthday!!!!』

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 二人は手に大量に持ったクラッカーを打ち鳴らしながら隣室に突入
した。

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“もどる” _

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